沖縄研修2日目


平和研修本番。
午前中にひめゆり同窓会の方からお話を伺い、彼女達が働いた壕の一つ、アブチラガマに入った。


壕の中は観光用に整備されているものの、照明は無く、キャップライトや懐中電灯の明かりが頼りだ。また、水滴がいたるところで落ちており、気温は約20度と外より10度位低く、湿度は100%で吐く息は白い。ガイドさんの説明を伺いながら、全長270mのうち200mを歩く。不安定な足元、上からの水滴。一度ライト類を全て消したところ、漆黒の闇に包まれ、天井から落ちてくる水滴やサラサラと水の流れる音のみが響く。当時は負傷兵のうめき声が響き、腐臭や排泄臭に包まれ、また、爆音と振動に包まれており、このような静寂さえなかったのだろう。約65年前、ここに横たわっていた600名以上の負傷兵士や忙しく立ち働いていたひめゆり学徒の方々、そして近隣住民の方々の、苦難という言葉では想像できないくらいの状況を想像する。


昼食は近くの沖縄そば屋さんにて。
民家を改造した店内はとてもいい雰囲気。
縁側では蚊取り線香が現役で働いていた。


琉球硝子に注がれた冷たい水が重苦しい思いを落ち着かせてくれた。
中身は泡盛ではありませぬ。


沖縄そばは初体験。こんなに美味しいんだ。
横浜の沖縄料理店でも同じ味を探してみようか。


昼食後は平和祈念公園へ。


沖に浮かぶ米艦からの艦砲射撃が凄まじかった現場だ。
今は穏やかな海。修学旅行生は無邪気な笑顔で記念撮影していた。


そして、荒崎の海岸へ。
林道を歩き、ゴツゴツとした岸壁を暫く行くと、ひめゆり学徒隊が追い詰められ自決した場所に着く。普通の観光では来ることはない場所。そこにはささやかな碑が取り付けてあった。


今は穏やかな海。当時は沖には米艦、陸には米兵が居り、波打ち際には多くの死体が打ち寄せていたそうだ。


今夜も懇親会で、沢山の沖縄料理を食した。
部屋に戻り、同室のSさんと一献。1/4も空けない内に就寝した。